PATRICK FOOTBALL #5

ー 2026年、PATRICKのサッカースパイクが限定復刻いたします
WEBコンテンツ「PATRICK FOOTBALL」第5回は、インタビュー形式でお届けします。
パトリックとともに歩んだ16年、そして変わらないサッカーへの情熱。
元大宮アルディージャの「ミスター・アルディージャ」こと斉藤雅人氏にお話を伺いました。
幼稚園から始まったサッカー人生。
武南高校時代の伝説的なエピソード、現役時代の歩み、
そしてパトリックのスパイクへのこだわりから現在の活動まで。
その軌跡を、じっくりと語っていただきました。
Photo_Yusuke Hosoi
Interview_Yusuke Ota / Kenji Takehara
Edit_Toshihiro Otake
斉藤雅人
1975年埼玉県出身。武南高校、駒澤大学を経て、当時はJFLに所属していた大宮アルディージャに入団。守備的MFとして長年チームを支え、J1昇格などに貢献。現在はNTT東日本に勤務する傍ら、指導者としても活躍中。

ー サッカーを始めたきっかけと、当時の環境について教えてください。
斉藤雅人氏(以下、斉藤): 始めたのは幼稚園の年長からです。たまたま通っていた浦和の幼稚園にサッカークラブがあり、近所の友達の兄がやっていた流れで自然に入りました。当時は幼稚園児の全国大会があったりして、結構熱心な環境でしたね。両親は特にスポーツをやっていたわけではないのですが、近所の友達と一緒にサッカーにのめり込んでいきました。

ー 中学、高校と強豪チームで活躍されましたね。
斉藤:中学は尾間木中学校(埼玉)のサッカー部で、中3の時には全中(全国中学校サッカー大会)にも出場しました。高校は、当時の埼玉県内でも屈指の強豪だった武南高校に進みました。最初は別の進学校に行こうと考えていたんです。でも、武南の大山先生から熱心に誘っていただき、最終的にはサッカーの道を選びました。

ー 武南高校時代、1年生で「選手権初出場初タッチでゴール」という伝説が!
斉藤:よく覚えていらっしゃいますね(笑)。1年生の時、堀越高校戦だったと思います。4-0で勝っている展開で、後半残り10分くらいに交代で呼ばれました。ピッチに入る準備をしていたら、チームがPKを獲得したんです。そうしたら、ベンチの大山先生から「お前が蹴れ!」と。交代してそのまま走って行ってPKを蹴って決めるという、おそらく選手権史上でも珍しい「ファーストタッチ・ゴール」になりました。

ー パトリック(PATRICK)のスパイクとの出会いは?
斉藤:高校3年生の時、日本高校選抜に選ばれてヨーロッパ遠征に行ったのですが、その時のサプライヤーがパトリック(当時のトッパー含む)だったんです。そこで担当の坪井さんという女性の方と出会い、人柄に惹かれて。大学(駒澤大学)、そして大宮アルディージャに入ってからもずっとサポートしていただくことになり、2009年の現役引退まで計16年ほどパトリックを履き続けました。

ー スパイクへのこだわりや、メーカーへのフィードバックもされていたとか。
斉藤:まずは最初の方に提供していただいていたスパイクはシュータンが長くて折り返すタイプのものだったんですけど、あれが邪魔で (笑)。申し訳ないですけど自分で切って履いていました。その辺りもリクエストしてこの短いタイプのものに変更してもらいましたね。
あと、パトリックの革は柔らかくて馴染みが良いのですが、当時は少し伸びすぎて横ずれしてしまうのが悩みでした。そこで「ステッチ(縫い目)を増やして補強してほしい」とリクエストしたり、足への負担を減らすために取替式スパイクのスタッドの本数を6本から8本に変更してもらったりしました。
また、長年履かせてもらっていたので見た目が飽きてくるんですよね。なので毎年少し遊ばせてもらって色を少し変えてみたり刺繍を入れてみたりと自分の意見が形になり、次のシーズンに新しいモデルでプレーするのは、毎年の楽しみでしたし、非常に有り難かったです。

ー 現役生活の中で、最も記憶に残っている試合はどれですか?
斉藤: 2007年の川崎フロンターレ戦です。その年で引退を決めていた大先輩の奥野誠一郎さんと一緒にやっていて、「絶対に降格させずに奥野さんを送り出したい」という強い思いがチームにありました。
引き分け以上で残留が決まるという試合で、0-1で負けている後半残り1分。僕が同点ゴールを決めたんです。それが僕のJ1初ゴールで、しかもその日は自分の誕生日でした。ゴール後、ベンチの奥野さんのところに真っ先に走っていって抱き合ったシーンは、今でもサポーターの方に語り継いでいただいています。その時のスパイクは、今も友人宅に飾ってあります。

ー 斉藤さんは「社員選手」としてプレーを続けられたことも特徴的ですね。
斉藤: はい。NTTの社員として、チームに「出向」という形でプレーしていました。実際のところプロ契約に切り替えるタイミングもありましたし、 魅力的な条件を提示されたこともありましたけど最終的には将来のことを考えて社員という立場を選びました。結果的に12年プレーできましたし、引退後もコーチを経て、現在はNTTの本体に戻って仕事をしています。

ー 現在はどのような活動をされているのでしょうか。
斉藤: 本業はNTTでの仕事ですが、夕方からは母校である武南高校の外部コーチを務めています。また、埼玉県サッカー協会からの依頼で、国スポを目指す女子の選抜チーム(U-16/U-15)の監督も務めています。

ー 最後に、パトリックのスパイクが復刻されますが。
斉藤: はい、初めにその話を聞いた時は率直に嬉しかったですね。僕は、スパイクもそうですが普段のスニーカーもPATRICKを愛用していましたので引退後もずっと愛用していましたし気にはしていました。1stサンプルの印象としてはデザイン的にはこの絶妙なステッチワークとかに懐かしさを感じますね。あと手に持った時の感覚が軽いですね。昔のはもっと重い印象です。革の感じとか見た目の印象はしっかりと作られていて最終的な仕上がりが楽しみです。完成した際には過去の契約選手が集まって皆でこれを履いてボールを蹴れたら面白いですね。
ー 斉藤さん、本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました。貴重ばお話を聞けてとても嬉しかったです。
スパイクの完成をぜひ楽しみにしていてください!
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