PATRICK FOOTBALL #6

ー 2026年、PATRICKのサッカースパイクが限定復刻いたします

WEBコンテンツ「PATRICK FOOTBALL」第6回は、前回に続いてインタビュー形式でのお届けです。

今回のゲストは、ガンバ大阪で長年ゴールキーパー(GK)として活躍し、現在は指導者として後進の育成に取り組んでいる松代直樹さん。
努力の積み重ねでプロの座を勝ち取ったそのキャリアには、独自の哲学がありました。
GK転向の秘話から道具へのこだわりまで、様々なお話を伺った内容となっておりますので、どうぞ最後までお楽しみください。

Photo_Hirofumi Ueno
Interview_Yusuke Ota / Motoi Matsuhiro
Edit_Toshihiro Otake

松代直樹

1974年4月9日生まれ、奈良県奈良市出身。天理大学を経てガンバ大阪に加入し、ゴールキーパーとしてクラブ一筋で長年にわたり活躍。堅実なセービングと安定感のあるプレーでチームから厚い信頼を集め、出場機会を重ねながらチームを支え続けた。Jリーグ優勝やAFCチャンピオンズリーグ制覇など、クラブの黄金期における数々のタイトル獲得にも貢献。長年にわたり第一線で戦い続けた経験と献身的な姿勢は、多くの選手やサポーターに強い印象を残している。現役引退後は指導者として後進の育成に携わり、現在は、大阪学院大学体育会サッカー部のコーチとして若手選手の成長を支えている。

@naoki_matsuyo

ー サッカーを始めたきっかけはどういったものだったのでしょうか?

松代直樹氏(以下、松代): 小学5年生の時に仲良くなった友達のきっかけが大きいですね。 実はそれまではずっと野球をやっていまして。親が熱狂的な巨人ファンで(笑)家ではいつも野球中継が流れているような環境だったんです。その影響が大きく、野球をやっていました。
それから自分が小学5年生にあがる頃、親の仕事の都合で広島から奈良に転校することになりまして。奈良でも野球を続けようと思っていたのですが、最初に仲良くなったその友達がたまたまサッカーチームに入っていて、その子に誘われるまま自然とサッカーを始めました。

ー サッカーを始めた当初からゴールキーパーだったのでしょうか?

松代:いえいえ、サッカーを始めてから中学まではずっとフィールドプレーヤーでした。

GKに転向したのは高校1年生の時です。奈良県の県立上牧高校に入学したのですが、当時の監督から「本格的にキーパーをやってみないか」と勧められたことがきっかけでした。

最初は「面白そうだな」と軽い気持ちで始めたのですが、1週間後くらいにはもう後悔していました(笑)練習がとにかく厳しくて。すぐに辞めたいと思っていました。

でも、監督がわざわざグローブやユニフォームを一式揃えてくれたりして、引くに引けない状況だったんです。

あとは負けず嫌いの性格だったので。負けたくないという想いで何とか続けていました。

ー その後のキャリアについても教えてください。

松代:高校卒業後は、地元の天理大学に進学しました。教員免許を取りたかったという理由もありまして。当時はまだプロを意識していたわけではなく、教師になることが目標でした。
ただ、ここでも負けず嫌いの性格が発揮されて、試合に出るために「誰よりも練習する」ということだけは決めていました。

ー その練習量がプロへの自信に繋がったのですね。

松代:まさにその通りです。大学4年間、自分ほど練習した大学生はいない、と言い切れるくらい、とにかく練習しました。

その結果、関西選抜や全日本学生選抜に選ばれるようになり、少しずつ上の景色が見えるようになってきたんです。

「頑張れば景色が変わる、変わるともっと頑張りたくなる」という良いサイクルに入れたのが、自分の中ではとても大きかったですね。

ー その後、ガンバ大阪に入団されましたが、入団当初のお話もお伺いできますか?

松代:最初は、周囲のレベルに全くついていけませんでした。自分の技術云々の前に、周りのフィールドプレーヤーの巧さに圧倒されてしまって。大学時代に積み上げてきた自信が一度粉々に砕かれました。その気持ちは今でも鮮明に覚えてます。

ー そこからどのようにして這い上がっていったのでしょうか?

松代:自分の考えを一度捨てて、新しいものを取り入れようと切り替えたというか、もうとにかく必死でした。

レギュラーに定着するまで5年ほどかかりましたが、その過程で「監督が何を求めているのか」を徹底的に考えるようになりました。

具体的には、監督の戦術やリスク管理の考え方を理解し、それをピッチ上で仲間に伝えることです。監督が指示を出す前に自分が感じ取り、チームを動かす。そうすることで、監督もさらに高い次元の戦術を考えられるようになります。単にシュートを止めるだけでなく、監督の「分身」としてプレーすることをものすごく意識していましたね。

ー 長年PATRICKの製品を愛用いただいておりましたが、きっかけはどのようなものでしたか?

松代:大学時代、奈良のスポーツ店で紹介されたのが最初のきっかけです。

当時はPATRICKを使うこと自体がまだ珍しくて、正直 最初は僕も半信半疑だったんですが、実際にPATRICKのグローブやスパイクを使わせてもらったとき、そのフィット感に衝撃を受けました。「こんなに手や足に吸い付くような感覚のものがあるのか」と驚いたのを今でも覚えています。

それ以来ずっと使い続けていたのですが、PATRICKのすごいと思うところは、自分のわがままを本当に形にしてくれる職人気質なところだと思っています。ただ既製品を提供するだけではなく、使い手の感覚や細かな要望にしっかり向き合ってくれる。その姿勢にものすごく惚れ込んでいます。

例えばグローブで言うと、「ここがもう少しこうだったらいいのに」という細かい部分にもすぐ対応してくれて、内側の素材をパーム面と同じにしてズレを防ぐ工夫をしてもらったこともありました。そういった調整のおかげで、プレー中のストレスがほとんどなくなりましたね。 あとスパイクに関しても、ただ履くというより「足と一体化する」ような感覚があって、動き出しや踏み込みの安心感がまるで違います。他のブランドにはない信頼感があって、「これを履いていれば大丈夫」と思える存在です。

長く使い続けられた理由は、そういった細かい部分にあると思います。

ー 引退後、指導者の道を歩まれておりますが、日々大切にしていることは何かありますか?

松代:先ず、日本ではまだGKの評価が十分ではないと感じています。なのでもっと世界で活躍できるGKを育てたい、というのは常に考えています。

そのためには、技術だけでなく「考える力」が必要だと思っています。自分が現役時代に感じた「監督の頭の中を覗く」ような感覚を、今の学生たちにも伝えていきたいですね。

ー 若い選手たちへのメッセージをお願いします。

松代:僕は決してエリート街道を歩んできたわけではありません。でも、自分が今どの位置にいるのかを常に客観視し、目の前の課題を一つずつクリアしてきました。努力しているつもりではなく、好きだから、勝ちたいからやる。その積み重ねが、いつか素晴らしい景色を見せてくれるはずです。

ぜひたくさん自分の中で「考えて」がんばってもらいたいです!

ー 松代さん、本日はありがとうございました!スパイクの完成を楽しみにしていてください!


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