PATRICK FOOTBALL #2

ー 2026年、PATRICKのサッカースパイクが限定復刻いたします

今回の復刻において、私たちが避けて通れなかったのが、その背景にある「生産工場」の存在です。

かつてPATRICKのサッカースパイクを生産していた国内工場は、現在ではスパイクの生産を終了しています。

設備や工程といった物理的な条件だけでなく、当時の知見や判断基準まで含めて、同じ環境を再構築することは容易ではありませんでした。

フランスで生まれ、ヨーロッパのフットボールカルチャーとともに育ってきたPATRICK。

90年代以降、フランス工場の廃業という大きな転換期を経て、生産は日本へと移行しましたが、サッカースパイクづくりも止まりませんでした。

日本生産時代のスパイク

それでも今回の復刻プロジェクトにおいて、私たちが最初から外さなかった条件があります。

それは「日本製で復刻する」ということ。

効率や数量といった観点だけを基準にすれば、より合理的な選択肢が存在することも事実です。

それでもPATRICKは、このスパイクをスニーカーと同じ文脈で捉え、日本の現場で、職人さんたちの手によって作ることを選びました。

その前提のもと、工場探しを進める中で出会ったのが、岡山県は児島にある工場です。

かつてデニム工場として使われていた

デニムの産地として知られる児島。

この工場もまた、かつてデニム工場として使われていた建物を受け継ぎ、素材や工程と真摯に向き合うものづくりを続けてきました。

大量生産を前提としない姿勢は、今回のプロジェクトとも多くの共通点を持っていました。

工場内の様子

決して規模の大きな工場ではありません。

職人の数も限られ、効率を優先した生産体制とは異なる現場です。

しかしそこには、少量生産だからこそ成立する判断や、作り手の意思が介在する余地が確かに残されています。

スパイクという競技靴の復刻は、工程的にも簡単な仕事ではありません。

それでもこの挑戦に対し、可能性を前提に向き合っていただけたことが、今回のプロジェクトを前に進める大きな要因となりました。

職人の方々の作業風景

こうして、PATRICKのサッカースパイク復刻プロジェクトは、この工場の協力のもと、形になろうとしています。

国内の靴工場が年々減少する中で、競技靴を日本で作る環境は、確実に限られてきています。

そうした状況だからこそ、この一足には、日本で作る意味と、今あえて挑戦する理由を込めました。

これは、単なる過去の再現ではありません。

PATRICKがどこに軸を置き、どのような判断でものづくりを続けていくのか。

その姿勢を示す復刻です。

#patrickfootball
#michelplatini
#madeinjapan


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