INSIDE ORIGIN|モリタナオヒコ

インタビューコンテンツ「INSIDE ORIGIN」第22回目のゲストは、唯一無二の存在感を放つ4人組ロックバンド「TENDOUJI」のボーカル/ギターとして活躍するモリタナオヒコさん。
日本のみならず、世界中のファンを魅了する彼らですが、その原点は地元・千葉県松戸市の同級生4人。
驚くべきことに、結成当時は全員が楽器初心者で、しかも28歳からのスタートという異色のキャリアを持っています。
なぜ、その年齢とタイミングで音楽の道を志したのか?
大人になってから夢を追いかけることへのリアルな葛藤、バンドにかける純粋な初期衝動、そして今も変わらない地元・松戸への深い愛着と想いをじっくりと語っていただきました。
さらには、モリタさんのPATRICKとの思い出や、今回の「PATRICK ORIGIN 26AW コレクション」についての感想など、ここでしか聞けない内容も。
そして、いよいよ来年2月に迫った「日本武道館公演」。
大舞台に向けて熱い気持ちを胸に全力で走り続けるモリタさんの、まさに「今この瞬間」しか聞くことのできない言葉が詰まった、熱量溢れるインタビューです。
どうぞ最後までお楽しみください。
Guest_Naohiko Morita
Interview_Kenji Takehara
Photo_Yusuke Hosoi
Edit_Toshihiro Otake
TENDOUJI[テンドウジ]
2014年、メンバーが28歳の時に、地元である千葉県松戸市の同級生4人組にて結成。スタート当初から、メンバー全員が楽器初心者という異例のキャリアでのスタート。自主レーベルである「浅野企画」に所属し、90年代のガレージ、パンク、オルタナティブ・ロックに影響を受けた「EASY PUNK」のスタイルが特長。またその圧倒的なライブパフォーマンスに、日本のみならず、海外でも人気を博している。
モリタナオヒコ[TENDOUJI ボーカル / ギター]
TENDOUJIメンバー。ボーカル / ギター担当。作詞作曲も手掛けている。

ー 早速ですが、「TENDOUJI」について教えてください。
モリタナオヒコ氏(以下、モリタ):「TENDOUJI」はメンバー4人とも千葉県の松戸市出身なんです。地元が完全に一緒で、同じ中学校のサッカー部の仲間なんですよね。俺とケンジ(アサノケンジ)とヨッシー(ヨシダタカマサ)が同い年の同級生で、ドラムのナオユキ(オオイナオユキ)だけが一つ下の後輩になります。
中学の時から仲が良くて、その関係性は中学校を卒業して別々の高校に進学してからも、大人になってからもずっと変わらなかったんです。普通の「地元の遊び」をずっと続けていた感じです。
そんな遊びの延長線上にあったのが、たまたまバンドだったというか。当時は本格的にバンドをやろうなんて大層な目標はなくて、カラオケに行くとか、ゲーセンで遊ぶのと全く同じ感覚でスタジオに入っていました。だから、本当にあの頃の「地元の遊び」がそのままずっと続いているような感じなんですよ。
学生を卒業してからは、メンバーそれぞれが全く違う環境で生活をしていました。平日はそれぞれの場所にいたんですけど、それでも定期的にいつものメンツで集まって。その時もやっぱりみんなでスタジオに集まって、音を鳴らして遊ぶ時間が、最高に、純粋に楽しかったんですよね。

モリタ:あと、これは完全に俺個人の話になっちゃうんですけど、ぶっちゃけ当時の仕事がめちゃくちゃしんどくて、毎日すり減るように働いていたんです。だから、その反動もあってみんなとの時間が輝いて見えたのかもしれません。
その後、実際にバンドを本格的に始めてからは、もちろんプロとしての厳しさとか、別の意味での大変なことはたくさんありましたけど、あの時の仕事に比べたら、大好きな仲間と音楽をやれている今の苦労なんて全然平気だし、心の底から「バンドを始めて本当によかったな、毎日が最高に楽しいな」って思いながら突っ走れていますね。

ー みんなで「なにかをやる」というときに、バンド以外の選択肢はなかったのですか?
モリタ:たしかにそうですよね。ただ当時の俺たちって「この4人で一緒にいられれば、ぶっちゃけ何でもよかった」っていうのが本音だったんだと思います。居心地が良すぎて、ただ集まる口実が欲しかっただけかもしれない。
だけど、その中で「どうしてもバンドがやりたい」って言って、みんなを引っ張っていったのは、完全に俺でしたね。心の中にずっと、バンドに対する強い憧れとか、みんなで爆音を鳴らしてみたいっていう個人的な初期衝動がどうしてもあったんです。
ただ、問題だったのは、やりたいと言い出した俺も含めて、全員が楽器未経験のド素人だったこと(笑)。楽器の演奏スキルは全員ほぼゼロからのスタートでした。
普通、20代半ばとかでバンドを始めようってなったら、多少は経験者が混じっていたり、少しは弾ける状態からスタートするじゃないですか。でも俺たちは本当に何もできなかったんですよね。
特にドラムのナオユキに関しては、メンバーに誘うまでドラムセットを見たことないっていうレベルだったんですよ(笑)。
そんな奴らが集まってバンドを組んだわけですから、今振り返ってみても、よくあの状態から本気で始めようと思ったな、って不思議な感覚になります。
音楽的な計算なんて1ミリもなくて、ただただ「みんなで集まって音を鳴らすのが楽しい」っていう、それだけのエネルギーだけで突っ走っていて。あの時の無鉄砲なノリがあったからこそ、今のTENDOUJIのスタイルがあるのかなとは、今になって思いますね。

ー モリタさんご自身の経歴についても、ぜひ教えてください。
モリタ:先程の通り、生まれは千葉県松戸市です。親の仕事の都合で一時はアメリカのシアトルに住んでいた時もあるのですが、それは幼少期なので、あんまり記憶がなくて。
それで俺、小学生から日本に戻ってきて、同時にサッカーを始めたんですけど、周りからすると「なんか外タレきた!」みたいな感じになっていて(笑)。しかも俺、レフティ(左利き)だったんですが、当時はけっこう珍しくて、尚そういう感じのキャラになってました。背番号も10番を着させられたりして、あれは嫌でしたね(笑)。
そのチーム自体は強くて、運よく俺も試合に出れるくらいで、小学6年生の時は全国大会にも出れました。当時の ※よみうりランド にも立てて、すごい良い経験でしたね。
※よみうりランド
小学生のサッカー日本一を決める「全日本少年サッカー選手権大会」は、1977年から2000年まで東京都稲城市のよみうりランド(ヴェルディグラウンド)で開催され、多くのサッカー少年たちの聖地として親しまれていました。

ー その後、サッカーは続けなかったんですか?
モリタ:その後は、地元の中学校に進んで、部活としてサッカーを続けてたんですが、チームの戦績としては全然ダメでしたね。
その後も、ありがたく高校からスカウトもいただいてたんですが、入学前の練習会の時点で、昔から知ってるバケモンみたいなやつがみんな集まってて。これでは試合に出れないな、と思って、そこでプレーすることには見切りをつけたんです。
そこからは勉強をがんばってみたり。というのも、実はケンジもヨッシーも当時めちゃくちゃ頭が良かったので(笑)。その影響もありましたね。
なのでサッカーは、高校からは本当に趣味でたまにやる程度でした。
ちなみにそれが後に「TENDOUJI」結成に繋がっていくんですよね。

ー 音楽との出会いについても教えてください。
モリタ:音楽はずっと好きでしたね。もう学生時代からオタクでした(笑)。ジャンルは色々と聴いてましたが、特にロックが好きでした。
学生の時、一人暮らしの部屋がまじで埋まるくらいCDをめちゃくちゃ買っていて。バイトのお金を全部つぎ込む、みたいな。なので当時、友達からは「CD食ってる」って言われるくらいで(笑)。
大学卒業の時、つまり就活する時も、まじで何していいかわからなくて、であればせめて知識ある音楽関係じゃないと無理だなと思ったくらい、学生時代は音楽に没頭していました。

ー PATRICKについてもぜひお聞きしたいのですが、元々ブランドはご存じでしたか?
モリタ:もちろん、俺らはPATRICK世代ですからね。俺もケンジも学生時代、スパイク履いてましたし。
なので今回、PATRICKがサッカー事業から撤退していたというのを初めて知って、とても驚きました。そのくらい、「PATRICK=サッカー」というイメージは昔からありました。

ー この度、「PATRICK ORIGIN 26AW コレクション」のルックのモデルを担当いただきました。
モリタ:いやー、そのお話をいただいた時は本当に嬉しかったですね。PATRICKに限らずですが、学生時代とか青春時代の思い出のブランドとかとこういった形でお仕事したりできるのは、本当に嬉しいですね。今のやりがいのひとつです。
個人的には、少し前、柏レイソルともコラボさせてもらったんですが、それと同じくらいテンション上がりました。

ー 本日も「PATRICK ORIGIN 26AW コレクション」のモデルを着用いただいておりますが、ぜひその感想をお聞かせください。
モリタ:これ、本当に気に入っていて。俺らってやっぱりサッカー好きだし、バンドのルーツだし、そしてそういった背景の靴なのに普段履きできるのが本当に良くて、ファッション的にも最高ですね。自分たちにしっくりくるものがやっときた、という感覚です。
靴は今までみんなバラバラのもの履いていたので、TENDOUJI的にもよかったし、嬉しかったです。「TENDOUJI」というバンドにすごくフィットしてると思います。
既にいろんなライブで履かせてもらってるのですが、気に入った靴履くと本当に良いことがあるんですよね、とても嬉しいです。

ー 昨年末に、異例とも言えるはやさでの「日本武道館公演」を発表されましたが、改めてこの想いや経緯についてお聞かせいただけますか?
モリタ:やっぱりこれまで趣味の延長的なテンションでバンドを続けてきて、そこから10年くらい経って、その時点で自分らよくやってるなと思ってるんですが(笑)。でもこの先どうするの?とか目標みたいなのが、これまでもずっと特になかったんです。それに対して、自分らの周りがすごい心配してる感じで。「最近、大丈夫?つまんなそうだけど」みたいな。たしかに俺自身もメンバーも、なんかふわふわしていると感じていたタイミングで。
そんなある時、自分らを昔から見てくれてるカメラマンが、「次、武道館っしょ」って感じで言ってくれたんです。「いやー、無理っしょ(笑)」って思ったんですけど、彼が「いやいや、いけるっしょ」って背中を押してくれて。
武道館を抑えるのってすっごい難しいんですけど、なんでか奇跡的に確保できちゃって(笑)。ただその後も、俺もメンバーも半信半疑というか、「え、本当に?大丈夫なの?」みたいな感じで。今みたいに全然気持ちが振り切れてなくて、不安がすごい大きかったんです。「本当に決まっちゃったけど、どうする?」みたいな。

ー 今のTENDOUJIの皆さんの様子からは全く想像できないですね。
モリタ:ぶっちゃけ、武道館が決まるまで、俺らめちゃくちゃ仲悪かったんです。というか、モチベーションが低かった、というか。スタッフもみんな疲れ切ってたし、本当にやばいなって、とにかく最悪な空気感だったんです。
10年以上続けていると、なぁなぁになってきて、さっきの通り俺らはいつも目標も特に設けてなかったですし。しかも俺らは自主レーベルなので、そこも自分たちでどうにかしないといけなくて。
なので武道館が決まってから、すっごい嫌だったんですけど…みんなを集めて、「このままじゃダメだ、もう一回頑張ろうよ」って話をしたんです。
でも、そこからは本当に変わりましたね。みんな振り切れたというか、もう当日に向けて走り切るしかないじゃんって、今はみんな本気でそう思っています。なので今はめちゃくちゃ良い空気感です。
そういう意味では、既に武道館決めてよかったなとも思っていますね。こうやって色々と動き始めたからこそPATRICKとも出会えたとも思ってますし。あとは当日いかに良い形で迎えられるか、良いライブができるか、というところですね。
ただ、集客はまだまだなので、そこは頑張らないといけないのですが(苦笑)。

ー 本当に楽しみですね。ちなみに武道館公演を終えた後、というのはどういったイメージをされていますか?
モリタ:いやー、本当にそこが心配ですね(笑)。燃え尽きちゃったりとかよく聞きますからね。
でも先ずは、みんなに御礼を言いに回りたいとは思っています。そのツアーをやったりとか。とにかく感謝を伝えたい、とは考えています。
あとは今回こうやって武道館が決まって、地元の松戸市がものすごく応援してくれてるんです。この間、地元のお祭りにも出たりしたのですが、俺らのこと全然知らないおじいちゃん、おばあちゃんとかが、「がんばってんね!チケット買うよ!」とか言ってくれるんです。それがもう本当に嬉しくて。
元々、俺らも地元が大好きでしたけど、もっと地元に還元とか、地域貢献したいなとか。武道館が終わったら、とにかくみんなに恩返しをしていきたいですね。

ー 最後に一言、メッセージをよろしくお願いいたします。
モリタ:PATRICKをはじめ、武道館を決めたことがきっかけで繋がった人やコトが本当に多くて、既に感謝の気持ちでいっぱいです。
2027年2月19日の日本武道館、自分たちにとっても、もちろん来ていただく皆さんにとっても、関わってくれた全ての人にとっての最高の1日にしたいと思います。
改めて皆様、よろしくお願いします!


ー モリタさん、本日はありがとうございました。日本武道館公演、本当に楽しみです。当日まで我々も一緒に駆け抜けたいと思います!
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