INSIDE ORIGIN|原口 誠(喫茶アメリカン)

WEBコンテンツ「INSIDE ORIGIN」第11回のゲストは、銀座・東銀座の一角で43年にわたりサンドイッチを切り続けてきた「喫茶アメリカン」店主・原口誠さんです。

規格外のボリュームで知られる名物・タマゴサンド。その一つひとつには、妥協のない手仕事と、原口さんの人生そのものが込められています。

外資系企業や大手食品メーカーでトップセールスとして活躍した経歴を持ちながら、原口さんが選んだのは、自らの手で人を満たす道でした。バブル崩壊や街の変化、30年に及ぶ苦境を乗り越えた今も、毎朝5時に厨房に立ち続けています。

本コンテンツ「INSIDE ORIGIN」では、世界中の人々を惹きつける一軒の喫茶店と、その原点にある原口誠さんの想いに迫ります。

Photo_Yusuke Hosoi
Edit_Toshihiro Otake

原口誠[喫茶アメリカン]

佐賀県出身。大学進学を機に上京し、卒業後は外資系企業でトップセールスマンとして活躍。その後、大手食品メーカーに転職し、新規事業としてサンドイッチ店の立ち上げに携わる中で調理師免許を取得する。事業部解体を機に独立し、東銀座に「喫茶アメリカン」を開業。規格外のボリュームを誇るタマゴサンドを看板に、バブル崩壊や歌舞伎座解体工事による人通り減少など幾多の困難を乗り越えてきた。
創業から43年を迎えた現在は、国内外のメディアやSNSを通じて世界中からお客が訪れる名店として知られる。毎朝5時から仕込みに立ち、「厨房で倒れるまでサンドイッチを切り続ける」を信条に、変わらぬ誠実さと情熱で銀座の片隅から満足を届け続けている。

@kissaamerican

ー 原口さんご自身と、『喫茶アメリカン』について、紹介をお願いいたします。

原口:私の経歴からですが、出身は佐賀県で、高校までは佐賀県内にいて、大学から上京してきました。そして大学卒業後、外資系の会社に就職しまして。自分で言うのもなんですが、当時トップセールスマンだったんです。そこで2年働いた後、大手食品メーカーに入社しました。そこでもセールスマンとして働いていました。そこで当時、新しい部署を立ち上げることになりまして、それがサンドイッチのお店を立ち上げる、という事業だったんです。そこから勉強して調理師免許を取りました。
ただ5、6年経った頃、その部署を解体することが決まりまして。だったら自分でやろう、と脱サラして東銀座に「喫茶アメリカン」をオープンしたのが、お店の始まりです。スタート当初は、バブルということもありましたが、若い女性を中心に注目してくれまして。ありがたいことにすごく賑わっていたんですね。

それからはなんとか続けていたのですが、今から13年前くらいかな、歌舞伎座の解体工事が始まりまして。改札口は閉鎖され、人通りがめっきりなくなりまして。さすがにその時は「もうダメかな」と思いました。近所のお店さんたちも次々と撤退していったのですが、歌舞伎座の工事の方々がテイクアウトで買ってくれたり、ウチはなんとかそこでも続けることができました。
そこから、不思議なもので、東銀座が注目のエリアとして様々なメディアで取り上げられるようになってきまして。そして今となってはSNSやさまざまなメディアでも紹介していただいて、世界中からお客様が来てくださるようになりました。ありがたいことにCNNに取材していただいたこともあります。

直近ではジャスティン・ビーバーが家族で訪れてくれて、私のことを「ダディ!」と呼んでハグを交わすなど、驚くような出会いもありました。

気が付けば今年で開店から43年目にはいります。

お店の代名詞と言えば、規格外のボリュームのサンドイッチの「タマゴサンド」です。 先程も言いましたが、バブル崩壊後の30年ほどは経営が苦しく、正直本当に大変でした。そんな苦境の中でも足を運んでくださるお客様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

「厨房で倒れて死ぬのが本望」と思えるほど、この店と仕事に人生のすべてを懸けています。銀座の片隅で、これからも変わらないものをお届けし続けたいですね。

ー 創業から43年!サンドイッチをつくり続けてこられた中で、大切にしている習慣(ルーティン)はありますか?

原口:ルーティンとしては、今でも毎朝5時に起きてスクーターで店にきて、仕込みを始めることですね。長年の包丁仕事で指の関節は曲がってしまいましたが、それは走り続けてきた勲章だと思っています。

前にテレビでこの指について話した時に、これを見たお客様から「マスター手が痛そうでかわいそうですね...がんばってください!」なんて言われたこともありますが(笑)

ー PATRICKとの出会いはいつ頃でしたか?最初はどのような印象を持たれましたか?

原口:最初の出会いは、北海道の小樽にあるお店でした。非常に素敵で可愛らしい店構えに惹かれて入ってみたところ、そこに並んでいた靴に一目惚れしたんです。

実際に足を入れてみた時の「これだ!」という感覚は今でも忘れられません。私は典型的な日本人の足型で幅広・甲高なのですが、PATRICKの靴は驚くほどしっくり馴染みました。姫路の工場で日本人に合うように丁寧に作られていることを知り、革の柔らかさと履き心地の良さに感動したのが最初の印象です。

それ以来、大のお気に入り。旅行で一日中歩いても足が痛くならないし、紐でギュッと締めた時のフィット感がたまらない。今では予備を買い溜めるほど、私の人生に欠かせない「旅の相棒」になっています。

原口さんの足元は、PATRICKの定番モデル「マラソン・レザー(NVY)」

ー 当時、なぜPATRICKを選んでいただいたのでしょうか?実際に履かれているお気に入りのモデルや、気に入っているポイントを教えてください。

原口:最大の理由はやっぱり履き心地ですね。私は昔からファッションが大好きで、アメリカ製のブーツもたくさん持っていました。でも、あちらの靴は革が硬くて、履き続けるのが辛いほど足が痛かったんです。「履き慣れれば馴染む」と言われても、そこまで我慢できなかった(笑)

そんな時、先程の北海道(小樽)でPATRICKの「マラソン・レザー」に出会いまして。幅広・甲高な私の足にもものすごくフィットして、その柔らかさに驚きました。

デザインも洗練されていて、おしゃれに妥協したくない私の感性にぴったりだと思いまして。履くだけで気分が上がる「一目惚れ」のスタイルと、一日中歩いても疲れない「実用性」。この両方が揃っていたからこそ、迷わずPATRICKを選びました。

ー 普段の服装とPATRICKの合わせ方で、こだわりはありますか?

原口:私にとって、ファッションは自分自身を表現する大切な手段です。PATRICKを合わせる際は、大人の清潔感と品の良さを意識しています。

色としては特にネイビーが好きで、服と靴の色味を揃えて統一感を出すことが多いですね。PATRICKはデザインが洗練されているので、カジュアルな装いでも全体をキリッと引き締めてくれます。

また、PATRICKは私にとって「気持ちの切り替えスイッチ」でもあります。仕事用の靴から履き替え、さらにお気に入りの服に袖を通すと、一気に心が解き放たれてバカンス気分になれる。75歳になっても、自分を満足させるスタイルを貫く。それが私の何よりのこだわりです。

ー 原口さんにとって “長く続くもの” や “飽きのこないもの” を選ぶ基準とは?

原口:選ぶ基準は「作り手の魂(こだわり)」が感じられ、自分のスタイルに「馴染むか」どうかです。流行を追うのではなく、自分が本当に満足し、心から愛着を持てるものを選びます。

例えばPATRICKの靴も、日本人の足を思って作られた背景や職人の丁寧な仕事があるからこそ、何年経っても飽きることがありません。私の店のサンドイッチも同じです。「お客様に満足してほしい」という一本筋の通った想いがあるから、これまで続けてこられました。

ー 『喫茶アメリカン』にもリピーターが多いように、PATRICKにも根強いファンがたくさんいらっしゃいます。リピーターのお客様が多い理由は何だと思われますか?

原口:共通しているのは「期待を超える満足感」と、そこに込められた「嘘のない誠実さ」ではないでしょうか。

『アメリカン』のサンドイッチも、単に大きいだけではありません。お客様に「驚いてほしい、お腹いっぱいになってほしい」という私の執念のような想いが詰まっています。一度その「心」に触れたお客様は、またあの圧倒的な満足感を求めて戻ってきてくださるんです。

PATRICKも同じだと感じています。日本人の足を考え抜いた履き心地という「誠実なモノづくり」があるから、一度履くと他の靴には戻れなくなる。流行り廃りではなく、自分の人生に寄り添ってくれる「絶対的な安心感」がある。作り手が魂を込めたものは必ずお客様に届きますし、リピーターに繋がる最大の理由だと思います。

ー 今後、なにか挑戦してみたいことはありますか?

原口:挑戦というか、私の目標はずっと変わっていません。それは「厨房で倒れて死ぬまで、サンドイッチを切り続けること」です。これが私にとって人生の最高の締めくくり方だと思っています。

ありがたいことに、今では世界中からお客様が来てくださり、ジャスティン・ビーバーのようなスターとも縁ができました。でも、これまで通り一つひとつのサンドイッチに魂を込めて、この手で仕込みを続けます。長年の仕事で指の関節は曲がってしまいましたが、包丁を握る手は絶対に止めません。

75歳、80歳と年を重ねても、「あそこのマスター、まだ元気にやってるな」と驚かれるような存在でありたい。自分自身を磨き続け、この店を銀座の誇りとして守り抜くこと。それが私の終わりのない挑戦です。

ー 若い世代や、何かを“続けていく”ことに迷っている人に向けて、伝えたいことがあればお願いします。

原口:何事も結果が出るまでには時間がかかります。私はお店を始めて43年になりますが、実は最初の30年ほどは鳴かず飛ばずで、本当に苦しい時期が続きました。それでも「お客様にお腹いっぱいになってほしい」という自分のこだわりを捨てずにやり抜いたから、今があります。

迷っているなら、まずは自分が心から好きだと思えること、誇りを持てることに「執着」してみてください。指の関節が曲がるほど包丁を握っても私が幸せなのは、自分の生き方に納得しているからです。

一つのことに命を懸けていれば、いつか必ず誰かがそれを見て、認めてくれます。周りと比べる必要はありません。自分が「最高に格好いい」と思える自分を目指して、一歩ずつ進んでいってください。

ー 原口さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!


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