PATRICK FOOTBALL #10(前半)

ー 2026年、PATRICKのサッカースパイクが限定復刻いたします
2026年6月1日(月)よりクラウドファンディングにて受注を開始いたします

WEBコンテンツ「PATRICK FOOTBALL」第10回(前半)。

フットボールを愛するすべての人へ捧げる、超豪華スペシャル対談が実現。

今回のゲストは、テレビやラジオでもお馴染み、芸能界屈指のサッカー通として知られるお笑いタレントの土田晃之氏。戦術から歴史、カルチャーに至るまで網羅する土田氏の知識は、プロの解説者をも唸らせるレベルです。
そして聞き手を務めるのは、日本とフランスの架け橋であり、世界のサッカー文化を肌で知るフローラン・ダバディ氏。

トークの主軸となるのは、PATRICKのスパイク復刻プロジェクトの中心人物である、元フランス代表のレジェンド「ミシェル・プラティニ氏」について。

1980年代、世界を席巻した彼のプレースタイルや、当時のフットボール界が持っていた独特のエキサイティングな熱量について、土田氏が当時の思い出とともに熱く振り返ります。そこにダバディ氏が、フランス人としての視点や当時の欧州現地のリアルな空気感を重ね合わせることで、対談は単なる思い出話に留まらない、文化論にまで発展。

なぜ今、PATRICKのスパイクが復刻されるのか。その裏にあるストーリーや、プラティニ氏が当時のフットボール界に与えた影響とは何だったのか。

サッカーへの深い造詣とリスペクトを持つお二人だからこそ成立した熱いクロストーク。すべてのフットボールファンに捧ぐ、完全保存版のインタビューを前半、後半の2回に分けてお届けします。

この熱気と興奮、ぜひ最後までお楽しみください。

Guest_Teruyuki Tsuchida
Interview_Florent Dabadie
Photo_Yusuke Onishi
Edit_Toshihiro Otake

土田晃之[お笑いタレント]

1972年9月1日生まれ、埼玉県出身(東京都生まれ)
太田プロダクション所属。
1991年にお笑いコンビ「U-turn」としてデビューし、コンビ解散後はピン芸人へ転向。バラエティ番組では鋭いコメント力を武器に「ひな壇芸人」の先駆者として活躍中。多方面に渡る深い知識をお持ちで、特にサッカーへの造詣が非常に深く、専門家顔負けのマニアックな知識を持つことでも有名。
ニッポン放送「土田晃之 日曜のへそ」 毎週日曜日12時〜16時放送中!

フローラン・ダバディ(Florent Dabadie) [キャスター、ジャーナリスト、スポーツ解説者 ]

1974年11月1日生まれ、フランス・パリ出身
フランス国立東洋言語文化学院(INALCO)で日本語学科を卒業後、1998年に映画雑誌『プレミア』の編集者として来日。翌1999年から2002年まで、サッカー日本代表のフィリップ・トルシエ監督の通訳兼アシスタントを務め、独特のユーモアを交えた誠実な通訳ぶりで一躍お茶の間の人気者に。現在は東京に拠点を置き、日本とフランス、そして世界のスポーツや文化を繋ぐファシリテーターとして、唯一無二の確固たる存在感を放っている。

@florent_dabadie

フローラン・ダバディ氏(以下、ダバディ):土田さんがプラティニを最初に認識したのはいつですか?

土田晃之氏(以下、土田):サッカー雑誌で84年ヨーロッパ選手権のフランスの優勝を見て、プラティニ格好いい!と一目惚れしたのが最初だったと思います。当時の日本では、プラティニが「動いている」ところはなかなか見られなくて。

それまで海外の選手といったらマラドーナとジーコぐらいしか知らなかったんですが、プラティニってやつがいるんだ!みたいな感じで、その当時のフランス代表の中盤として輝いていたのが印象的でした。

ダバディ:プラティニは私の子供のときのヒーローなんですけど、 なぜフランス人にここまで愛されたのかというと、彼は子供時代は結構太ってて、それを隠すためにシャツの裾を出したりしていたんです。つまり、彼は生粋の「スーパーアスリート」ではなかったんですね。でもサッカーIQが極めて高く、「人間くさい」ところが多くの人々に愛された理由でした。

土田:僕はその84年の雑誌を見て「フランスってすごいんだ」って思って。その後の86年ワールドカップがすごく楽しみで、更にその前には85年のトヨタカップがあるわけですよ。で、プラティニの”あの”伝説のゴールがあって、寝っ転がるシーンがあるんですね。あれがもうかっこよくて。ジャージの裾を出してるのもそうだし、靴下を下ろしてるのもそうだし。しかもプレーは品があったりで、もう全てがかっこよかったです。特にパスとフリーキックは見事でした。しかもセリエA、三年連続得点王ですからね。

ダバディ:1986年のメキシコ大会の印象についてもお聞きできますか?

土田:そうですね、思い出に残ってるのは準決勝の「フランスvs西ドイツ」戦ですね。

当時、中学2年生だったんですけど、その時ちょうど二泊三日の林間学校で福島県の山奥に隔離されていて。もちろんテレビも無い場所なんですよ。

そしたら帰る日の朝、食堂で新聞を見ていた先生がボソっと「フランス負けたかぁ」って。「え!フランス負けたの!?」って食事中に僕立ち上がったのを覚えてます。当時はビデオも無かったので、その試合は大人になってから初めてNHKの再放送(ワールドカップ名勝負)で見ました。まさか応援していたフランスの敗退をこんな形で知るとは思わなかったです(笑)

ちなみにその後、高校生になって家にビデオデッキが来てからは色々なサッカーのビデオ見てましたね。「プラティニスーパーゴール集」とかね。

ダバディ:86年大会はプラティニがずっとアキレス腱の怪我を負ってたようで、痛みを抱えながらプレーしていたみたいですよ。

土田:そう、だから3位決定戦は出なかったんですよね。

あと86年はブラジル戦でジーコが途中から出てきて、PKがあったけど外しちゃったりとか。パーマが印象的なフランス代表GKバツが止めたり。PK戦は、ソクラテスとプラティニが外したり。名選手達があれだけPKを外すのは珍しい試合でしたね。「これがワールドカップか」って思いました。

ダバディ:土田さんがお持ちの昔のユニフォームのコレクション、本当に凄いですよね!サッカーファッションもお好きなのでしょうか?

土田:僕ら世代のおじさん芸人って、あの頃買えなかった昔のバイクや車を買ったりしていて。僕の場合は、あの頃買えなかったサッカーユニフォーム(80年代)が欲しくて、それで色々持ってて。特に86年大会のユニフォームは自分の中で1番好きだったんです。フランス代表を筆頭に、たしかに色々コレクションしています。

ダバディ:あの86年メキシコ大会のフランス代表のユニフォームは私も大好きで、今もずっと探してるんですけど、土田さんが持っているのはホーム、アウェイどちらですか?

土田:ホームもアウェイもどっちも持ってますよ!

ダバディ:OMG !
ちなみに、その当時PATRICKのシューズは持ってなかったのですか?

土田:そうですね、憧れのプラティニが履いてたスパイクなので欲しかったんですが、当時は買えなかったですね。
僕、中2から中3にかけての普段履いてる靴が、PATRICKのではない、その頃のプラティニのトレシューだったんですよ。それを普段からずっと履いていて。黒がベースのデザインで、最終的には履きすぎて穴が開いてしまったんですけど。

ダバディ:プレー面でも、いま当時の映像を見ると、ものすごく衝撃的なことがあるんですけれども、審判はほとんどファウルを取らないんですね。セリエAのプラティニとマラドーナの映像を見ると、同じ試合でレッドカードを7枚出てもおかしくないような悪質タックルを受けているんです。

土田:本当にひどいですよね。それでいうと、マラドーナでルールが変わったりもあるじゃないですか。82年のワールドカップのブラジル戦で、マラドーナが怒ってブラジルの選手を蹴って退場したけど、その前までのプレーですよね。ガンガン足を削られるし、本当に悪質なファウルばっかりだったから。

ダバディ:あの時のセリエAは、たぶん「キャプテン翼」に近い感じで。プラティニが走って、最初は柔道みたいにシャツを両手で引っ張られて、それをしのいで、次の人が肘を入れて、それもかわして、最後にシュートをしてゴール!みたいな(笑)

土田:後ろからタックルが来て、半分倒れながらゴールしていたでしょ!まさに「キャプテン翼」ですよ、本当にすごい。
ただ何がすごいって、それでも結果を出し続けていたことで。セリエAという当時世界ナンバーワンのリーグの中で、ですからね。

ダバディ:1987年にプラティニが引退して、それから約10年間、フランスのサッカーは低迷し、イタリア大会とアメリカ大会は予選敗退でした。

土田:元フランス代表のジダンが僕と同い年なんですよ。
僕が日本でプラティニに憧れていたように、フランスではジダンがプラティニに憧れてたみたいで。その後の98年大会のフランス代表もやっぱりすごかった。ブラジルとフランスの決勝でしたけど、ジダンがヘディング2発決めて。
あまりにも興奮しちゃって、「俺この日だったら入籍してもいいわ!」って言って、そのまま結婚したんですよ(笑)
あの時ジダンがヘディング2発決めなかったら結婚してなかったかもしれない。あれで結婚しちゃったんですよね。

ダバディ:フランス・サッカーへの愛情は、土田さん本当にすごいですね。国籍をあげたいくらい(笑)

土田:それも全てはプラティニの影響からです。
なのでトリコロールカラーのユニフォームも好きなんです。当時の日本では、今のマリノスですよね。日産がトリコロールカラーだったから。だから日産を応援したんですよ、日本リーグでは。
でも川淵さんが「地域に根付いたJリーグ」を提唱して、僕は埼玉だったんで、浦和レッズしかなくて。トリコロールカラーではないけれど、それからはレッズを応援しています。

PATRICK復刻スパイクプロジェクトは、期間限定での受注販売となります。
ぜひこの機会にご覧いただけますと幸いです。

フィッティング・ツアー
@PATRICK LABO

  • PATRICK LABO 日本橋 / 神戸
    ※2店舗同時開催

    6/4(木)~ 6/8(月)
  • PATRICK LABO みなとみらい
    6/11(木)~ 6/15(月)
  • PATRICK LABO 福岡
    6/18(木)~ 6/22(月)
  • PATRICK LABO 名古屋
    6/25(木)~ 6/29(月)
  • PATRICK LABO なんば
    7/2(木)~ 7/6(月)
  • PATRICK LABO 吉祥寺
    7/9(木)~ 7/13(月)

※各店舗の詳細はSHOP LISTをご確認ください。
※展開サイズは24.5cm〜28.5cmとなります。


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