INSIDE ORIGIN |柴田勇作

インタビューコンテンツ「INSIDE ORIGIN」第21回目のゲストは、クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー2023 日本代表・世界優勝メンバーであり株式会社PRISM代表を務める柴田勇作シェフです。
幼少期のハワイでの経験から、日本でパティシエの道へ。何気なく踏み出したパティシエの世界で世界最高峰の洋菓子コンクール「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」と出会い、「世界一」という夢を抱いた柴田勇作シェフ。その後、幾度もの挫折や挑戦を乗り越え、2023年には日本代表として16年ぶりの世界一に貢献しました。本インタビューでは、世界王者に至るまでの歩みや自身のパティスリーのオープン、そして次世代へ受け継ぎたい想いについて語っていただきました。
Guest_Yusaku Shibata
Interview_Kenji Takehara
Photo_Yusuke Hosoi
Edit_Toshihiro Otake
柴田勇作[シェフ]
東京生まれ、幼少期をハワイにて暮らす。「ザ・ぺニンシェラ東京」や「クリオロ」などの名店で研鑽を積み、国内外の大会で受賞歴を重ねる。2023年には世界20ヵ国が参加する「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー2023」に日本代表選手として出場し16年ぶりの金メダルを受賞。2024年2月、徳島市万代町に自身のパティスリー「PRISM LAB」をオープン。
@prism0202 / @yusaku.shibata0131
PRISM LAB:〒770-0941 徳島県徳島市万代町5-71-6
https://prism-lab.jp/pages/lab

ー まずは柴田シェフの幼少期のことを教えていただけますか。
柴田シェフ(以下、柴田):東京生まれですが、すぐにハワイに行って、5歳で小学校に上がるまでの5年間を現地で暮らしていました。断片的に当時の記憶はあるのですが、なかなかに辛い幼少期でした(笑)。日本人が周りに一切いなくて。当時は今のように多様性に寛容な時代ではなかったので、幼稚園に40人ほどアメリカ人がいる中で、アジア人は僕ともう1人くらいでした。やはり「イエロー」と言われるなど、差別的な扱いを受けることもありましたね。
そのストレスからか具合が悪くなってしまい、原因不明の体調不良が続いたんです。精神的に参ってしまい、毎日吐いてしまうような状態でした。それを見かねた親が、小学校に上がるタイミングで「やはり日本の方がいいんじゃないか」ということで帰国しました。それ以降はずっと日本で生活しています。

ー そこから、パティシエになるきっかけは何かあったのですか?
柴田: 高校卒業後に専門学校(香川調理製菓専門学校)へ進学したのがタイミングですね。ただ、その時点でお菓子作りに強い興味があったわけでは全くなくて、なんとなくふわふわした気持ちで入りました。
甘いものが特別好きだったわけでもなく、普段の食事に比べれば甘いものの方がいいかなとか、料理に人生を捧げるか、お菓子にするかだったら、お菓子のほうがまだ好きかなという感じでした。家でお菓子作りをした経験も全くないまま、専門学校に入学しましたね。

ー 専門学校を出て、すぐにペニンシュラ東京に行かれたのですか?
柴田:いえ、最初は「エコール・クリオロ」(現在のクリオロ、サントス・アントワーヌ氏の店)という洋菓子店で働き始めました。 当時はまだ厳しい修業が当たり前の時代でしたから、かなり鍛えられました。すごいスピード感で仕事を叩き込まれましたね。
下積みの期間はほとんどなく、とにかく「すぐに作って、どんどん手を動かせ」というたたき上げの環境で育ててもらいました。 オーナーのサントスシェフも、フランス時代にシャルル・プルーストをはじめとする世界大会で優勝されている飴細工のスペシャリストでした。
そうした背景もあり、世界大会という存在がごく身近にある環境に入れたのは、自分のキャリアにとって非常に大きなアドバイスであり、良い取っかかりになりました。

ー 「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」を目指すきっかけはあったのですか?
柴田:たまたま専門学校の図書棚にあった製菓専門誌(PCGなど)で紹介されていた「2003年 クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」の記事を目にしたんです。当時、日本代表メンバーとして出場されていた野島茂シェフ(のちにザ・ペニンシュラ東京のエグゼクティブペストリーシェフなどを歴任)や、寺井則彦シェフのチームが活躍していました。そこで野島シェフの飴細工を見て、ものすごい衝撃と感銘を受けました。
「お菓子でこんな世界が表現できるんだ」と知りました。当時の世界大会は、今よりも野生味に溢れていて、「日の丸を背負って命がけで挑む」という雰囲気でした。そういう厳しい舞台があることを知り、いつか自分も...という想いが芽生えました。

柴田:なぜあの時にそう思ったのかは自分でも分かりません。ただ、勉強も運動もパッとしなくて、人生で「一番」になったことがない自分が、何か一つのジャンルで世界一になれるチャンスがあるとしたら...と考えた時に、お菓子ならスタートラインが全員同じだと思ったんです。頭の良さも足の速さも関係ない世界なら、自分にもチャンスがあるんじゃないかと。素朴な疑問として「日の丸を掲げて表彰台に立つ人たちには、どんな景色が見えているんだろう」という好奇心もありました。それが私の原動力です。

ー そこから、日本代表になるまでの苦悩はありましたか?
柴田:クープ・デュ・モンドに関しては、決勝に進んだのは(2023年大会の)1回だけですが、実はその前に書類選考で2回落ちています。20人以上の予選の応募者がいる中で、書類選考を通るほどの実力もありませんでした。その書類落選を経験したあと、2019年のアジア大会(トップ・オブ・パティシエ・イン・アジア)で優勝し、中山和大シェフと共にイタリアの世界大会に出場しました。そして最終的に2023年のクープ・デュ・モンド日本代表へと繋がりました。結局、2019年から2023年までの約 6年間、常に何らかの世界大会に挑戦し続けていましたね。
ー そして2023年大会で、見事16年ぶりの金メダルを獲得しましたね。
柴田:3人チームで挑む世界大会というのはめずらしく、クープ・デュ・モンドは、準備にかける期間も長いですし、歴史も圧倒的に古い。非常に過酷な大会です。それに、フランス菓子の本場である開催国で、地元のフランス代表を抑えて優勝するというのは、普通に考えたらあり得ないことだと思っていましたね。日本で「日本料理の世界大会」を開催して、フランス人が優勝したら驚きますよね(笑)。それほど、海を渡って他国の文化を極め、その本場で1位を獲りに行くのはかなり特殊なことであり面白いことだと思っていました。
ー 数あるコンテストの中でも、やはりクープ・デュ・モンドは特別ですか?
柴田:3人チームで挑む世界大会というのは、基本的にはクープ・デュ・モンドしかありません(※パティスリー分野において)。準備にかける期間も長いですし、歴史も圧倒的に古い。非常に過酷な大会です。それに、フランス菓子の本場であるリヨンで、地元のフランス代表を抑えて優勝するというのは、普通に考えたらあり得ないことです。日本で「日本料理の世界大会」を開催して、フランス人が優勝したら驚きますよね(笑)。それほど、海を渡って他国の文化を極め、その本場で1位を獲りに行くパティシエという人種は、かなり特殊で面白いなと思います。
ー「もう一回出たい」とは思いませんか?
柴田:いや、絶対に無理です・・・あの極限のプレッシャーにはもう耐えられません。何度も現役で出る人は、失礼ながら本当に正気じゃないと思います。それほど過酷なんです・・・
ー PATRICKがクープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー日本代表選手の足元を支えていますが、印象はありましたか?
柴田:お恥ずかしながら、自分が代表になるまでは履いたことが無く、2021年チームが履いているのを見て初めて存在を知りました。「あ、代表になると靴までサポートしてもらえるんだ!」と(笑)。実際に履いてみたらとても歩きやすく、日本製にこだわって作られているのも感じられて気に入っています。それ以来、普段履く私服の靴もすべてパトリックです。

ー そして2024年2月に徳島にて自身のパティスリー「PRISM LAB」をオープンしましたね。
柴田:徳島県那賀町木頭地区の名品である木頭ゆずとの出会いからクープ・デュ・モンド2023の日本代表として選出され、東京での練習が続く中、2022年4月に家族や従業員と共に徳島への移住を決断しました。店の候補地が決まっていない状況で移住をしてなんとか貸して頂いた6坪の工房からスタートし、ようやく2024年2月に万代ふ頭のリノベーションした倉庫をPRISM LABとしてオープンできました。

柴田:クープ・デュ・モンド優勝、世界一のシェフとして徳島に戻ってこれて、この世界大会の舞台をもっと知って、体感してもらいたいという想いから本大会で実際に作業したブースの図面を元に並び順や設置位置などにこだわって再現したキッチンはここ徳島にしかない特別な空間かと思います。

柴田:壁は極力取り払い、どこまでも目線が行き届く広々とした空間で天窓から自然光が差し込み、素材そのものの色味が引き立ちます。パティシエがどのように丁寧に素材を扱い、どのような技術でスイーツを作り上げるのか、お店での体験を「スイーツのショーキッチン」として楽しんでいただけるよう設計しました。

ー 最後に、現在は次の世代を指導する側になりましたが、次の日本代表を目指す選手等にメッセージはありますか。
柴田:そうですね。これからの選手たちに伝えたいのは、コンテストの「結果」自体はそれほど大切ではないということです。本当に大事なのはそれまでの「プロセス」。もちろん、サポートしてくださったすべての方々に「優勝」という最高の結果でお返しできたことは素晴らしいですが、出場した選手自身にとって、結果がどうであれ挑戦した事実そのものが最大の財産になります。僕の今の役割は、技術を教えるというより、辛くなったときの「攻略本(メンター)」のような存在です。現役選手の方が技術は圧倒的に上ですが、「予期せぬトラブルが起きたとき、どう対処するか」という経験則は、何度も世界大会を経験した僕たちやOBの選手達のほうが引き出しを持っていますから。その辺りは皆でサポートしていきたいですね。

ー 柴田シェフ、美味しいスイーツを有難うございました。引き続きPATRICKは、クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー日本代表選手の足元を支えていきます!
また、2026年8月8日(土)に東京・渋谷に新店舗をオープンしたとのことおめでとうございます!
INFORMATION
「PRISM LAB」から、東京発の新たなブランドが誕生します。
既存の徳島発コレクションとは一線を画す、完全新作のラインナップを展開。
新たな世界観を体感できる最新ブティックをオープンいたします。
PRISMIC / @prismic0808
東京都渋谷区1-7-2 VORT渋谷 eastll 1F
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