INSIDE ORIGIN|松岡一成

インタビューコンテンツ「INSIDE ORIGIN」第23回目のゲストは、会社員として働く傍ら、3人制バスケットボール「3×3(スリー・エックス・スリー)」のプレイヤーとして活動する、松岡一成(まつおか いっせい)さん。

また25歳で急性骨髄性白血病と骨髄移植を乗り越えた白血病サバイバーでもあります。そして今も、自身の経験をもとに講演活動などを続けていらっしゃいます。

今回は、そんな松岡さんの「これまで」と「これから」についてお話を伺いました。

どうぞ最後までお楽しみください。

Guest_Issei Matsuoka
Interview_Toshihiro Otake
Photo_Nobuyasu Sakagami

松岡一成[会社員 兼 3 x 3 プレイヤー]

1990年4月6日生まれ。ドイツ出身。小学生からバスケットボールを始め、3×3ではTOKYO VERDY.EXEやINZAI RHINOS.EXEなどでプレー。また白血病を乗り越えた「白血病サバイバー」として、骨髄バンクのボランティアや講演活動(RFLJいばらき実行委員長など)も積極的に行うなど、バスケと闘病支援を両立して活動している。

ー 松岡さんのこれまでの経歴をぜひ教えてください。

松岡一成氏(以下、松岡):父の仕事の都合で、実は生まれはドイツでして。ただ自分が生まれて直ぐ日本に帰ったので、その当時の記憶は全然ないですね(笑)。

バスケを始めたのは、母の影響が大きく、小学校低学年から始めました。

茨城県牛久市にある普通の小学校のミニバス少年団だったのですが、自分たちが最上級生の時には県3位になったり、関東大会に出れるくらいにまでになって。

中学校は地元の中学に進学しました。チームとしてはそこまで目立った成績を残せなかったんですけど、ありがたいことに県選抜に選んでもらえたりして。そういった縁もあり、高校は県内の強豪校からお誘いいただいて、推薦入学することができました。

高校では、同校初の全国大会初出場を果たしたりもしました。
大学でも、ありがたいご縁から推薦入学でバスケを続けることが出来ました。
その後、就職活動中に当時のトップリーグからいくつかお声がかかったのですが、当時は今みたいなプロリーグもなかったので、将来的なことも考えて、一般企業に就職をしました。

ー 「白血病」を発症したときのことについて、お伺いできますか?

松岡:一番最初は、25歳のときです。社会人になって3年目のタイミングでした。何か月か体調の悪い時が続いてて、もちろん都度病院へも行きました。ただどこに行っても「風邪だね」とか「疲れが原因だね」としか言われなかったんです。でもその後も全然症状が良くならなくて。
そしたらある日、本当に体調不良がひどくて、立っているのもやっとのような時があって。本当にフラフラの状態で、これはまずいと思って、初めて大きな病院に行ったんです。予約もしないで行ったから、何時間も待つことになって。そこで先生から「白血病です」という診断だったんです。

正直、最初は頭が真っ白というか、びっくりしたんですけど、でもそのくらい体の調子がおかしいと思ってたから自分の中で腑に落ちたというか。

でも今思うと、その時にありがたかったのは、先生が病名を伝える前に、「治ると思ってるから言うけど」っていう前置きがあったんです。その言葉にはすごく助けられたと感じてます。

そのこともあって、抗がん剤治療を約5か月間続けた後、退院することができて、またそこから半年間自宅療養をしました。その後には職場にも復帰することができました。それが2016年の4月ですね。

ところがその後、月1回のペースで定期健診に通っていたんですが、半年くらい経ったとき、再発したことがわかりました。それが2016年11月のことです。 今度は抗がん剤が効かないため、骨髄移植をすることになりました。結果的に、提供していただけるドナーさんが見つかったんですけど、なかなかスケジュールを合わせるのが大変で。年末年始の時期だったっていうのもあったかもしれませんが。

ー 闘病中、どのようなことを感じられていましたか?

松岡:殆どの時間を寝て過ごしていたんですが、やはりそれが一番辛かったです。 あと2回目の発症の前、一度は治ってるけど、ちょっと熱がでたりとか、咳がでたりとか、そういうタイミングで「また発症したんじゃないか」って不安になるんです。そういう精神的なストレスというか、メンタル面での辛さはものすごくありました。

再発後も、ドナーさんみつからなかったらどうなるのかな、とか考えてしまったり。しかも20代の中盤で、友達とか周りのみんなは仕事バリバリやってキラキラしてて、でも忙しそうだし、俺元気だったら何してたのかな、とか考えてしまったり、やっぱり気持ち的なところでコントロールが難しかったかなと思います。

ー 2度目の退院後、再びバスケットボールをはじめられたとのことですが、どういった経緯や想いがあったのでしょうか?

松岡:闘病中、本当にずっと部屋に籠っている生活をしてたんですね。そんなにやることもないし、テレビを観ることが多くて。で、ちょうどその時、Bリーグ(バスケットボールのプロリーグ)がスタートしたタイミングだったんです。そこで活躍している人たちが輝いていたし、しかもその中には学生時代に戦っていた人たちや仲間がたくさんいて。いつかはあの舞台に立ちたい、というのは漠然と考えていました。なので心のどこかでバスケの道を諦めたことを後悔していたんだと思います。

それで2回目の退院後、リハビリも兼ねて少しずつバスケを始めたんです。それで、遊び感覚で参加した3人制の大会で全国大会へ出場することができまして!さらにそこがきっかけで、当時、新潟県にあった3人制チームからオファーをいただくことができました。 先程も話しましたが、自分の人生を振り返ったり、これまでのことを考えている中で、もっとバスケをやりたい、という想いがでてきたんですね。そこから本格的に3人制バスケに打ち込むようになりました。

ー 現在、「RFLJいばらき実行委員長」としての活動もされているかと思いますが、こちらについてもぜひ教えてください。

松岡:まず最初に、「RFLJいばらき」について、がん患者やその家族を支援して、地域全体でがんと向き合うチャリティ活動を行う団体「リレー・フォー・ライフ・ジャパン(RFLJ)いばらき」の略称のことなんです。

ここに参加する一番最初のきっかけは、やっぱり病気について多くの人に知ってもらいたい、と思うようになったことが大きいですね。私自身も、自分が病気になるまで全然知らないことが多かったですし。

みんな、自分とか、自分の身の回りの人がならないと知らないというか、興味を持たないと思うんです。それって問題だな、と思い始めて。

それで色々と調べていたら、「リレー・フォー・ライフ」というチャリティイベントがあることを知ったんです。それに日本で初めてそのイベントを開催したのが、なんと茨城のつくばということを聞いて。コロナ禍で一度なくなっちゃったみたいなんですが、ぜひ発祥の地で再開させましょう!っていう形でオファーをいただきまして。

もうひとつ、このイベントって特に大きなルールみたいのがないんですね。主催者の自由度が非常に高いもので。であれば、自分が今まで培ってきたもの=バスケットボールも絡めるイベントにもできる!と思って、それが大きなきっかけでしたね。

ちなみに直近では、10月3日(土)につくば駅前の広場で開催いたしますので、ぜひ多くの方々にご覧いただけたら嬉しいです!

ー 何事にも全力で活動を行ってらっしゃいますが、その原点(=ORIGIN)はどこにあると感じていますか?

松岡:自分が病気になって、本当にたくさんの人に元気をいただいたと思っていて。それはSNSだけでしか見たことのない、がんサバイバーの方々もそうですし。それを考えたときに、自分にも同じ役割ができるんじゃないか?と思ったんですよね。さっきの通り、病気のことを伝えていくことももちろん大事なんですけど、自分がいただいた恩を、ちゃんと恩返しをしたい、と本当に思ったんです。

そう思えたのも、自分の場合は、担当してくれた先生との出会いが大きかったと思っています。

先程も話した内容ですが、病気を告げられた最初の日に、「治るから」って伝えてくれて。この先生の言うことを聞いていれば治ると信じることができたので、それは大きかったですね。

ー 今後について、ビジョンがあればぜひ教えてください。

松岡:つい最近知ったことなのですが、世界オリンピック委員会も認めている、移植者だけのオリンピック大会(世界移植者スポーツ大会)というのが、2年に1回開催されているみたいなんです。

その競技として、3人制バスケもあるようなので、そこで世界大会にでてみたい!というのはありますね。ただメンバーを集めるのが大変そうで...。

ちなみに、他にもいろんな競技があって、50m走とか100m走とかボール投げやり投げとか。なので、バスケでなくても、先ずは10月にある日本予選を突破して、世界大会にぜひ出てみたいです!

これも捉え方だと思うのですが、「移植者」だから立つことのできた別のフィールドというか、そういう考え方もあると思っていて。世界を目指すとか世界1位になれるチャンスって、ふつうに過ごしていたら体験できないことじゃないですか。

またそんな自分を通して元気になれる方がいれば、それもすごく嬉しいですし。 なので、このチャンスはぜひトライしていきたいですね。

ー PATRICKについて、ブランドやシューズについての感想もお願いいたします。

松岡:正直に言って、ブランドのことはあまり深く知りませんでした。サッカーのイメージはあっても、バスケットシューズの展開があるわけでもないし。ただ大人の人が履いているスニーカーというイメージはありましたね。

ただ今回、このような機会をいただいて着用させていただいてますが、履き心地の良さにびっくりしました!闘病中ほぼ寝たきりだったこともあって、昔に比べると足の形も変わっちゃって、靴選びが大変だったんですよ。ただでさえ大きいですし(笑)。

それにデザインも最高ですね。特に配色!めちゃくちゃ好みです!
あと、「がん啓発カラー」っていうのがあるんですけど、白血病のカラーがオレンジなんです。そこにも何か運命を感じたというか。とにかく最高です!

ー 松岡さん、本日はありがとうございました。今後のご活躍も期待しております!

また10/3(土)のイベントについて、以下詳細となります。ぜひこちらもチェックしてみてください。

https://relayforlife.jp/ibaraki/


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